ワカシャチ漫遊記第3章「徳島県古墳めぐり」2020年10月

2020年10月3日(土)
徳島で古墳巡りをしました。
最近、徳島を散策するため地図を見ていると、
いたるところに古墳があることが気になっていました。
ネットで調べてみると
徳島県は日本でも有数の埋蔵文化財が多い県です。
その中でも弥生時代後期に、国内では唯一「水銀朱」が
採掘されていた阿南市の若杉山遺跡や、
国内最古の前方後円墳である、鳴門市の萩原2号墳があります。
とありました。
ということで、今日は1日かけて古墳を訪ねました。
鳴門板野古墳群
鳴門板野古墳群は、平成28年10月3日付けで、国指定の史跡に指定された。
古墳群の内訳
■萩原2号墓(鳴門市)
■天河別神社古墳群1号墳・同2号墳・同3号墳・同4号墳(鳴門市)
■宝幢寺古墳(鳴門市)
■大代古墳・同2号墳・同3号墳(鳴門市)
■愛宕山古墳1基(板野町)
今回の国史跡指定では、鳴門市域に所在する9基が対象となる。
池谷宝幢寺古墳(いけのたにほうどうじこふん)
宝幢寺裏山の尾根上にあります。
全長約42mの柄鏡式(えかがみしき)の前方後円墳です。
柄鏡式前方後円墳とは前方部が先端に向って広がらない、
柄鏡の柄のような形をした前方後円墳のことです。
前方後円墳の形から古墳時代前期と考えられます。
隣接する萩原墳墓群や天河別神社古墳群とともに、
鳴門・板野古墳群(仮称)を構成する中核的な古墳の一つ。
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天河別神社古墳群
古墳時代前期~中期に築造された10基以上で構成される古墳群。
1号墳は径約25m、高さ約2.5m、周濠をもつ2段築成の円墳で、
竪穴式石室から銅鏡(珠文鏡)や鉄剣、鉄斧、刀子、土師器などが出土している。
2号墳は1号墳とほぼ同規模の円墳で、3段築成で葺石を備える。
3号墳は全長約42mの前方後円墳、4号墳(前方後円墳?)は割竹形木棺を納めた
粘土槨から銅鏡(二神二獣鏡)が出土している。
高速道路トンネルの上あたりが古墳群になっている。
車の駐車ができなかったので、看板だけ撮影しました。
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萩原2号墓
標高42~43mの南北軸の尾根上に造られた径約21.2mの円丘部に、
長さ5.6mの突出部を伴う積石墳丘墓である。
墳丘を構成する積石は約80㎝である。
埋葬施設は東西主軸となる積石木槨構造で、箱形木棺を納めた
中心部の外周を囲む石積みには結晶片岩類を使用している。
副葬品として、破砕された銅鏡片(舶載内行花文鏡)が確認されている。
築造時期は、出土土器等から弥生時代終末期と考えられる。
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愛宕山古墳
全長約63.8mの前方後円墳。後円部径約44.2m・前方部長さ約19.6m、
2段築成で葺石・埴輪(円筒・朝顔・盾など)を備える。
後円部墳頂中央には結晶片岩の板石で構築された竪穴式石室が露出している。
出土遺物は玉類や銅鏃、鉄鏃、短甲片など。
築造時期は、4世紀後半~5世紀初頭の築造。
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阿波史跡公園
阿波史跡公園は、徳島市制100周年記念事業の一つとして
1993(平成5)年に開設された全体面積45.2ヘクタールの公園です。
周辺に気延山古墳群があり、3世紀末から7世紀中頃にかけての
古墳が百基以上点在する。
公園は、竪穴住居、高床倉庫など古代の邑が復元されている。
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宮谷古墳
全長37.5mの前方後円墳。
後円部径25m・前方部長さ12.5m、後円部は2段築成で葺石を備える。
後円部中央の竪穴式石室から重圏文鏡や玉類、鉄製武器などが出土したほか、
前方部から三角縁神獣鏡が出土している。
築造時期は、3世紀末~4世紀初頭の築造。
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藍の館
藍の館は、徳島県板野郡藍住町にある藍に関する博物館。
藍住町の歴史館。
大藍商であった旧奥村家屋敷の13棟の建物が、
11代当主奥村武夫氏から藍住町に寄附され、
併せて13万点におよぶ奥村家文書も町所有となったのを機に、
旧屋敷内に展示1号館を新設し平成元年8月1日に開館。
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公益財団法人徳島県埋蔵文化財センター
徳島県板野郡板野町の板野町歴史文化公園にある埋蔵文化財センター。
1995年(平成7年)に徳島県の埋蔵文化財保護の拠点として設置された。
常設展示室には県内の遺跡から出土した遺物が約1,600点展示されている。
古墳を散策した最後に、出出された遺物を身に寄りました。
徳島県の施設は、土日営業していました。(香川県は休み)
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西山谷2号墳移築石室
3世紀中頃に築造された円墳で、墳丘は消滅。
長さ4.7mの竪穴式石室のみ移築保存されています。
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水銀朱
古代の赤色顔料の水銀朱(すいぎんしゅ)。
土器に塗られたり、魔よけや防腐剤として木棺や石棺に塗られたり
古墳のなかにまかれたりして使われてきました。
本日学習したWORDです。
朱に関連して、朱を産するところの地名、「丹生」(にう)
〇「丹」(に)とは・・・水銀朱のこと。辰砂(しんしゃ)。
黄色みを帯びた赤色顔料。
〇「丹生」(にう)・・・丹を産する所の意味。
地名として各地に存在するが、いずれもかつては
神聖な「丹」を製造して流通させる拠点であったと考えられる。
丹生は「仁宇」とも書かれる。
加茂谷の隣町、那賀郡那賀町仁宇には「丹生神社」があり、
那賀町一帯は「仁宇谷」と呼ばれ、かつて辰砂から
丹(朱)を生産する地域であったことが分かる。
※本日は訪れていないが、
徳島県阿南市加茂町の加茂宮ノ前遺跡で、
古代の祭祀などに使われた赤色顔料「水銀朱」を生産したとみられる
縄文時代後期(約4千~3千年前)の石臼や石きね300点以上や、
水銀朱の原料の辰砂原石が大量に出土した。
水銀朱に関連した遺物の出土量としては国内最多。
生産拠点として国内最大、最古級だったことが明らかになった。
本日のランチ
中国四川料理あらき
陳建一さんのお弟子さんの店。
小さい店でしたが、味は保証付き。
麻婆豆腐と五目そばをいただく。
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